1. はじめに
ワインは土壌で味が変わる。
日本酒は水で味が変わる。
魚醤は塩で味が変わります。
魚醤の材料は「魚と塩だけ」。
だからこそ、塩の選び方ひとつで仕上がりが変わります。
わが家も最初は、家にあったごく普通の塩で仕込んでいました。
それでもちゃんと魚醤はできました。
しばらく色んな魚で漬けてみて、塩にこだわったらどうだろうって、ちょっとお高めの海塩に変えてみたら、
なんとなく仕上がりの「丸み」が違いました。
人によっては感じるか感じないか微妙なライン、ほんのわずかな違いです。
でも7年以上、何十本もの魚醤を仕込んできた今は、
こだわりの海塩を選ぶことには、ちゃんとした理由があると考えにいたりました。
ワインの世界では、同じブドウ品種でも畑の土壌が違えば味が変わる。
これを「テロワール」と呼びます。
日本酒の世界では、同じ米でも仕込む水が違えば酒の性格が変わる。
灘(なだ)の硬水で仕込めばキレのある「男酒」、伏見の軟水で仕込めばまろやかな「女酒」になる。
どちらにも共通しているのは、「発酵の素材が、仕上がりの味を決める」という原理です。
この記事では、塩の種類が魚醤にどう影響するのかを、
「どれを選べばいいの?」という実用面と、
「なぜ違いが出るの?」という仕組みの面の、両方からお伝えします。
この記事でわかること
✔ 精製された海塩・未精製の海塩・岩塩、魚醤にはどれがいいのか
✔ 「海の素材には海の塩」というわが家の考え方
✔ 塩の違いが発酵と仕上がりの味にどう影響するか
2. 結論:迷ったら「未精製の海塩」を選んでください
細かい理由はこのあと書きますが、まず結論です。
魚醤づくりに使う塩は、未精製の海塩がおすすめです。
理由は3つ。
✔ 発酵を助けるミネラルが含まれている
✔ 仕上がりの塩味に丸みが出やすい
✔ 海の素材(魚)に、海の塩がなじみやすい
はじめに断っておきます。
「この塩は身体にいい」とか「この料理にはこの塩が合う」とか、
健康志向の人がサプリメントとして使っている塩や、料理人が自慢の一品に使うこだわりの塩のような、
世間一般でいわれている「いい塩」は、ここでは関係ありません。
結論はもしかしたら一緒かもしれませんが、アプローチの仕方が全く違います。
わが家が選ぶ塩は、あくまで「魚醤づくりにおすすめの塩」です。
未精製の海塩がおすすめといいましたが、精製された海塩でも魚醤は作れます。
違いは「発酵の助っ人」がどれだけ入っているかという点だけです。
3. 塩の種類を整理する
まず、スーパーや通販で手に入る塩を4種類に分けて整理します。
| 精製された塩 | 未精製の海塩 | 岩塩 | にがり含有塩 | |
|---|---|---|---|---|
| NaCl純度 | 99.5%以上 | 94〜98% | 95〜99% | 90〜95% |
| ミネラル | ほぼなし | Mg・Ca・K等を含む | 鉄分・微量元素 | MgCl₂が多い |
| 味の特徴 | シャープ・直線的 | まろやか・丸い | 甘み・コクがある | 苦味が出やすい |
| 価格 | 安い | 中〜高 | 中〜高 | 中程度 |
| 魚醤への向き | △ 使えるが味が硬い | ◎ おすすめ | △ 鉄分に注意 | △ 苦味リスク |
この中で魚醤づくりに一番向いているのが、未精製の海塩です。
その他がダメというわけではありません。
NaCl(塩化ナトリウム)だけで見れば、腐敗を防ぐ力はどれも大差ありません。
違いが出るのは、NaCl以外の「ミネラル」の部分。
この数%の差が、1年以上かけた発酵の中でじわじわと効いてくるのです。
岩塩はどうなの?
岩塩は太古の海水が地殻変動で閉じ込められ、長い年月をかけて結晶化したものです。
ミネラルは含まれていますが、鉄分を多く含む岩塩がある点に注意が必要です。
鉄分は、青魚の脂(EPA・DHA)の酸化を加速させてしまう可能性があります。
サバの魚醤をつくる時も、血合いは全て取り除きました。
「海の素材には海の塩、山の恵みには岩塩」
食材といかに早く馴染むかが成功の秘訣ですので、魚醤には海塩を選ぶ方が良いと考えています。
4. 「海の素材には海の塩」テロワールという考え方
ワインの土壌、日本酒の水、魚醤の塩
ワインの世界には「テロワール」という有名な概念があります。
同じシャルドネやピノ・ノワールというブドウ品種でも、
育った畑の土壌や気候が違えばワインの味がまったく変わる。
石灰質の土壌で育てばミネラル感のあるキリッとした味わいになり、
粘土質の土壌ならふくよかで丸みのある味わいになる。
それはなぜか。
畑の地面に含まれるミネラルが、ブドウを通じてワインの味に転写されるからなのです。
これは日本酒にも当てはまります。
灘(兵庫)の「宮水」はカリウムやリンが豊富な硬水で、
酵母の発酵が力強く進み、キレのある辛口の「男酒」になります。
一方伏見(京都)の「御香水」はミネラルが穏やかな軟水で、
発酵がゆっくり進み、まろやかで優しい「女酒」になります。
仕込む水のミネラルが、酵母の働き方を変え、酒の性格を決めるのです。
魚醤における塩の役割
先程の考えを、魚醤づくりに置き換えてみます。
この「ミネラルが発酵を変える」という原理は、塩にもそのまま当てはまります。
精製された塩は、NaCl純度が99.5%以上と、ミネラルがほぼ含まれていません。
いうなれば「純水で仕込む日本酒」のようなものです。
発酵は進みますが、ミネラルの恩恵は受けられません。
未精製の海塩は、NaCl以外にマグネシウム・カルシウム・カリウムなどを数%含んでいます。
これは「名水で仕込む日本酒」と同じです。
このミネラルが、魚醤の発酵を陰ながら支えてくれる可能性があります。
塩にも「産地」がある
さらに言えば、塩にも産地の個性があります。
同じ「海塩」でも、北は北海道から南は沖縄まで、海域によって海水のミネラルバランスも変わりますし、
天日に干す環境や気候によっても仕上がりに違いが出てきます。
ましてや世界中から選りすぐりの塩たちを集めるとなると、二つと同じもの探すのは難しいでしょう。
ワインのラベルに「畑の名前」が書かれるように、
ぜひ魚醤の仕込み記録に「塩の産地」も書くことをおすすめします。
わが家では仕込みノートに必ず塩の銘柄と産地を記録するようにしています。
あとから仕上がりの違いを振り返るときに参考になります。
5. ミネラルが発酵に与える影響:仕組みをもう少し深く
ここからは、未精製の海塩のミネラルが発酵にどう影響するかを、もう少し掘り下げます。
「なぜこの塩を選ぶのか」を数値や仕組みで理解しておきたい方向けのセクションです。
日本酒の宮水と同じ原理
先程から申し上げているように、日本酒の世界で「灘の宮水が酒を変える」と言われるのは、
水に含まれるカリウム・マグネシウム・リンが酵母の栄養源となり、発酵を力強く進めるからです。
魚醤でも同じ構造が成り立ちます。
海塩に含まれるMg²⁺(マグネシウムイオン)やCa²⁺(カルシウムイオン)は、
魚のタンパク質を分解する酵素(プロテアーゼ)の補因子として機能する可能性があります。
補因子というのは、酵素が働くときに必要な「助っ人」のような存在です。
宮水のカリウムが酵母を活性化するように、海塩のミネラルが魚醤の分解酵素を活性化する──
これが、未精製の海塩を選ぶ科学的な根拠のひとつです。
ハロフィル菌(有益な好塩菌)への影響
魚醤は塩をたくさん使ってつくります。
その高塩分環境で生き残り、発酵に良い影響を与える微生物が「ハロフィル菌」(好塩菌)です。
乳酸を作ってpHを下げ、腐敗菌を寄せつけない環境を整えてくれます。
このハロフィル菌の代謝にも、ミネラルが必要です。
精製された塩(NaCl 99.5%)の環境では、ハロフィル菌が必要とするミネラルが不足する可能性があります。
一方未精製の海塩の環境では、海水由来のミネラルが元々備わっているため、
有益菌が定着しやすい環境が自然に整うと考えられます。
岩塩の鉄分リスク
岩塩には鉄分を多く含むものがあります。
鉄イオン(Fe²⁺)は、脂質の酸化連鎖反応を加速させる触媒として働きます。
塩分比率の記事でも触れましたが、青魚のEPA・DHAは非常に酸化しやすい脂肪酸です。
ここに鉄イオンが加わると、酸化のスピードが跳ね上がる可能性があります。
これが「岩塩は魚醤にあまり向かない」とする理由です。
特にピンク色や赤色をした岩塩は鉄分含量が高い傾向があるので、
魚醤に使う場合は特に注意してください。
にがり含有塩の苦味リスク
「にがり」の正体は塩化マグネシウム(MgCl₂)です。
豆腐を固めるのにも使われる食品添加物です。
少量なら酵素の補因子として有効ですが、多すぎると苦味の原因になります。
にがり含有を売りにしている塩(NaCl純度90〜95%)は、
豆腐づくりには向いていますが、1年以上漬け込む魚醤では苦味が蓄積するリスクがあります。
未精製の海塩にもにがり成分は含まれていますが、
NaCl純度94〜98%の範囲であれば苦味が問題になることはまずありません。
正直な注意書き
ここまでミネラルの影響を書きましたが、正直に付け加えておきます。
塩に含まれるのミネラルによる魚醤への影響は、ワインの土壌や日本酒の仕込み水ほど科学的に確立されていません。
「未精製の海塩の方が発酵に有利」という見解は正論ではあるのですが、
「精製された塩では美味しい魚醤ができない」というほどの差ではない、というのが実感です。
「テロワール」も「仕込み水」も、最終的な評価は自分の舌で確かめるもの。
魚醤も同じです。
自分で検証するなら
同じ魚(例:キビナゴ500g)を2つに分けて、
- A瓶:精製された海塩(魚:塩 = 3:1)
- B瓶:未精製の海塩(魚:塩 = 3:1)
で並行して仕込んでみてください。
6ヶ月後、1年後、完成したなと思うタイミングに10倍希釈で味見して比較すると、
塩味の「丸み」と「余韻」にどれだけ差があるかを自分の舌で確認できます。
わが家でしばらく実験していたことがあるのですが、B瓶(未精製の海塩)の方が塩辛さの角が取れて、
旨味との一体感がある仕上がりになることが多かったです。
それも劇的な差があるわけではなく、やや違いを感じるくらい「じんわりとした差」です。
ブラインドテスト(銘柄を隠して味比べ)で試すとより正確に判断できるかもしれません。
6. 塩の粒度と溶け方:実は仕上がりに影響します
塩の「種類」だけでなく、「粒の大きさ」も仕込みに影響する実用的なポイントです。
粗塩(あらじお)
粒が大きい粗塩はゆっくり溶けます。
魚の表面に塩をまぶしたとき、じわじわと浸透していくので、
急激な浸透圧変化が起きにくいのがメリットです。
急激な浸透圧変化が起きるとどうなるか。
魚の表面のタンパク質が急速に変性・収縮してしまい、
内部への塩の浸透を妨げてしまうことがあります。
粗塩はこれを防いでくれるので、層ごとにまぶす塩には粗塩がおすすめです。
細塩(こまじお)
食卓塩のようのな細塩は粒が小さく、サラサラとすぐ溶けます。
即座にブライン(塩水)状態になるので、均一化は速い。
最上層に振る塩には細塩が向いています。
最上層の塩は空気との界面で腐敗菌をブロックする「バリア」としての役割があるので、
すき間なく均一に覆える細塩の方が機能しやすいのです。
わが家の使い分け
✔ 層ごとにまぶす塩 → 粗塩〜中粒の未精製の海塩
✔ 最上層に振る塩 → 同じ海塩をすり鉢で細かくして使う
✔ 追い塩(発酵途中で足す塩) → 細かくした海塩(溶けやすさ優先)
わが家が使っている海塩はこちらです。→未精製の海塩
7. 塩の違いは、味にどう出るのか
「結局、味は変わるの?」
これが一番気になるところだと思います。
精製された塩で仕込んだ魚醤の味
塩味がシャープで輪郭がはっきりしています。
旨味と塩味が分離して感じられる傾向があり、
「旨いけど塩辛い」という印象になりやすいです。
日本酒で言えば、灘の男酒のキレに近い方向性になります。
未精製の海塩で仕込んだ魚醤の味
塩味に丸みがあり、旨味との一体感が出やすいです。
希釈して味見したとき、塩辛さの奥にじんわりと旨味が感じられます。
後味の余韻が長く、まろやかに消えていく印象です。
日本酒で言えば、伏見の女酒のまろやかさに近い方向性になります。
料理への影響
| 精製された塩の魚醤 | 未精製の海塩の魚醤 | |
|---|---|---|
| 塩味の質 | シャープ・輪郭がある | まろやか・丸い |
| 旨味との一体感 | やや分離しやすい | 一体感がある |
| 後味 | すっきり切れる | 余韻が長い |
| 向いている料理 | 炒めもの・タレ(塩の輪郭を活かす) | 汁物・煮物・ドレッシング(まろやかさを活かす) |
どちらが「正解」ということではありません。
魚醤だけを味わうなら未精製の海塩をつかった方が好みでも、いざ料理に使うとなると、
塩がダイレクトに効いてくる精製された海塩をつかった方も、選択肢として捨てがたい。
料理の方向性に合わせて使い分けられるのが理想です。
もし1種類だけ選ぶとしたら、より汎用性の高い未精製の海塩をおすすめしています。
8. まとめ
魚醤に使う塩を選ぶ3つのポイント
✔ 迷ったら未精製の海塩を選ぶ
精製された塩でも作れますが、未精製の海塩に含まれるミネラルが発酵の助けになります。
✔ 「海の素材には海の塩」
ワインの土壌、日本酒の仕込み水と同じように、
魚醤の塩は発酵の素材として味の骨格を決める大事な要素です。
海の魚で作る魚醤には、海から生まれた塩がなじみやすい。
岩塩は鉄分による脂質酸化リスクがあるので、特に青魚には避ける方が安心です。
✔ 塩の産地を記録しておく
仕上がりに違いが出たとき、塩の銘柄と産地を記録しておくと、
「なぜこの味になったか」を振り返る手がかりになります。
いつか「塩のテロワール比較」ができる日のために、今から記録を始めてみてください。
アプローチの仕方は違いましたが、世間一般で良い塩とされる「未精製の海塩」が魚醤づくりにも向いているという結論にいたりました。
良い塩は、安くはない買い物かもしれません。
でも1袋あれば何本も仕込めますし、失敗して材料と時間を無駄にすることを思えば、
塩への投資が一番コスパがいいと、7年間の経験を通じて感じています。
道具をまとめて紹介します
魚醤作りにおすすめの道具や材料をまとめました。
結果が出るまでに1年以上かかるからこそ、妥協はしたくない。
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