魚醤に麹は、もはや常識?「7:2:1」の黄金比レシピはなぜ流行るのか

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魚醤+麹タイトル 変数考察

※「やんわり問題提起」シリーズ第一弾。発酵の世界で「なんとなく常識」になっていることを、一度立ち止まって考えてみる記事です。

1. はじめに

「魚醤 作り方」で検索すると、不思議なことに気づきます。

多くのレシピに、麹が入っているんです。

「魚7・米麹2・塩1で混ぜましょう」

そんな「7:2:1」の黄金比みたいなレシピが、検索の上位にずらりと並んでいる。

しかも、です。

そこに書かれている魚は、イワシだったりハタハタだったりサンマだったり、バラバラ。

麹も「生麹でも乾燥麹でもOK」とある。

つまり「どんな魚でも、どんな麹でも、7:2:1で混ぜればいい」という書き方なんです。

……本当にそうでしょうか。

ちょっと待ってください。

そもそも魚醤は、魚と塩だけで作れます。

タイのナンプラーも、ベトナムのニョクマムも、能登のいしるも──世界中の伝統的な魚醤は、基本的に魚と塩だけ。麹は入っていません。

なのに、なぜ日本のネットレシピには麹が出てくるのか。その麹は本当に必要なのか。そして、魚の種類も麹の状態も問わない「7:2:1」という比率は、どこから来たのか。

最初に言っておきますが、これは「麹を入れるな」という記事ではありません。わが家でも、ある特定の場合には麹を使います。

でも「とりあえず麹を入れておけばいい」という風潮には、ちょっと待ったをかけたい。麹を入れるなら、入れる理由を知ってから入れてほしいんです。

7年以上いろんな魚で魚醤を作ってきた経験から、「魚醤と麹の関係」を、根拠とともに整理してみます。

この記事でわかること

✔ 魚醤が魚と塩だけで作れる仕組み(なぜ麹が要らないのか)
✔ なぜ日本のレシピだけに麹が出てくるのか
✔ 麹を入れる「正しい条件」と、生麹・乾燥麹の落とし穴


2. そもそも、魚醤は魚と塩だけで作れる

「魚と塩だけで、本当に発酵するの?」

最初に私が抱いた疑問もこれでした。

味噌には麹が要る。甘酒にも麹が要る。

発酵食品には麹が必須だと思い込んでいたんです。

でも、魚醤は違いました。

魚を塩に漬けると、2つのことが同時に起こります。

① 魚自身の酵素が、タンパク質を旨味に変える(自己消化)

ここが、味噌や甘酒との決定的な違いです。

魚は、自分自身の中に、タンパク質を分解する酵素を持っています。

特に内臓には、消化のための強力な酵素(プロテアーゼ)が詰まっている。生きているときに餌を消化していた、あの酵素です。

魚が死んで塩に漬けられると、この酵素が今度は「自分自身のタンパク質」を分解し始める。これを自己消化(オートリシス)と呼びます。

タンパク質が分解されると、何になるか。

旨味成分であるアミノ酸(グルタミン酸など)です。

つまり魚は、自分の酵素で、自分を旨味に変える力を最初から持っている

味噌の原料である大豆は、自分でタンパク質を分解する力が弱い。だから麹の酵素を借りる必要がある。でも魚は、その力を自前で持っているんです。

だから、麹が要らない。

これが、魚醤と味噌の根本的な違いです。

② 塩が、腐敗菌の繁殖を抑える

もうひとつの主役が塩です。

魚を高濃度の塩に漬けると、塩が水分を引き出して、腐敗菌が活動できない環境を作ります(水分活性の低下)。

腐敗菌は抑え込まれる一方で、塩に強い有益な菌や、魚自身の酵素はゆっくりと働き続ける。

この「腐敗は止めるが、発酵は進む」絶妙なバランスを作るのが、塩の役割です。

魚自身の酵素が旨味を作り、塩が腐敗を防ぐ。

この2つだけで、魚醤はできます。

麹という外部の酵素を借りなくても、魚はちゃんと魚醤になる。これが魚醤の本来の姿です。

漬けて数週間のマイワシ

仕込んで数週間のマイワシの魚醤

3. 世界と日本の魚醤を比べてみる

「魚と塩だけ」が本当なのか。

言葉だけでは説得力がないので、世界と日本の伝統的な魚醤を並べて、塩分濃度・熟成期間・麹の有無を比較してみました。

魚醤 産地 主な原料 塩分濃度 熟成期間
ナンプラー タイ カタクチイワシ 約22% 1〜2年 なし
ニョクマム ベトナム カタクチイワシ 20%前後 1年前後 なし
コラトゥーラ イタリア カタクチイワシ 高め 1年以上 なし
いしる 石川(能登) イワシ・サバの頭や内臓 20〜30% 半年〜1年 なし
いしり 石川(能登) イカの内臓 20%前後 約2年 なし
しょっつる 秋田 ハタハタ 20%以上 1〜3年 なし(※)

※伝統的なしょっつるは魚と塩のみ。近年の「しょっつる麹」は現代のアレンジです。

並べてみると、3つの共通点が見えてきます。

共通点①:どれも麹なし。

産地も原料もバラバラなのに、麹を使っているものはひとつもありません。タイもベトナムもイタリアも日本も、「魚と塩」が世界共通の基本形です。

共通点②:塩分が20%以上。

ネットレシピの「7:2:1」は塩分1割程度。それと比べると、伝統的な魚醤は倍以上の塩を使っています。この高い塩分が、麹の助けなしで腐敗を抑え、ゆっくり熟成させる土台になっています。

共通点③:熟成に1年以上。

どれも完成まで1〜2年。魚自身の酵素はゆっくり働くので、時間をかけることが前提なんです。

「時間と温度」が麹の代わりをしている

能登のいしる・いしりの作り方は、特に示唆に富んでいます。

冬の寒い時期に仕込んで、漬け込み直後の腐敗を防ぐ。そのあと、夏の高温多湿を利用して発酵を進める。

つまり、麹で発酵を速める代わりに、季節の温度変化そのものを発酵のコントロールに使っているんです。

寒い冬で安全にスタートして、暑い夏で一気に発酵させる。先人たちは、麹がなくても発酵をコントロールする方法を、気候の中に見つけていた。

麹で急がなくても、時間と塩と気温が、ちゃんと仕事をしてくれる。世界中の魚醤が、それを証明しています。


4. なぜ日本のネットレシピには麹が出てくるのか

世界中の伝統的な魚醤が「魚と塩だけ」なのに、なぜ日本のネットレシピだけ「7:2:1」で麹が登場するのでしょうか。

理由はいくつか考えられます。

理由①:早く作りたいから

伝統的な魚醤は、完成まで1〜2年。

家庭で「1年以上待つ」のは、正直ハードルが高いですよね。

麹を入れると、麹が持つ強力な酵素が分解を助けてくれるので、発酵が一気に速まります。数ヶ月で「それらしいもの」ができる。

この手軽さが、麹入りレシピが広まった一番の理由でしょう。気持ちはよくわかります。私だって、できるなら早く完成させたい。

理由②:塩を減らしたいから

「7:2:1」をもう一度見てください。塩は全体の1割程度です。

伝統的な魚醤の20〜30%と比べると、半分以下。

塩が少ないと、本来は腐敗のリスクがぐっと上がります。低塩で長期間置いたら、腐ってしまう可能性が高い。

ところが麹を入れると、話が変わります。麹の酵素が魚をすばやく分解し、麹がつくり出す環境が雑菌を抑える。麹の力で、低塩でも発酵が成立してしまうんです。

つまり「7:2:1」は、塩を減らすために麹の力を借りた設計。塩分を下げた穴を、麹で埋めている構造です。

理由③:それは「魚醤」より「魚の味噌」に近い

ここが、この記事で一番伝えたいポイントです。

魚に米麹と少量の塩を混ぜて発酵させる──この作り方、何かに似ていませんか?

そう、味噌です。

アミエビ味噌

アミエビ味噌

味噌は、大豆に米麹と塩を混ぜて発酵させます。「7:2:1」の麹入り魚醤は、大豆を魚に置き換えただけの味噌に、構造がそっくりなんです。

味噌 「7:2:1」麹入り魚醤 伝統的な魚醤
主原料 大豆
あり あり なし
塩分 10〜13% 10%前後 20〜30%
発酵の主役 麹の酵素 麹の酵素 魚自身の酵素
完成まで 半年〜 数ヶ月〜 1〜2年

こうして並べると、はっきりします。

「7:2:1」は魚醤の仲間ではなく、味噌の仲間。

塩分も、麹の有無も、発酵の主役も、すべて魚醤より味噌に近い。むしろ「魚で作る味噌」と呼んだ方が正確です。

念のため言っておきますが、これはこれで美味しい発酵食品です。魚の旨味と麹の甘みが合わさった「魚味噌」は、それ自体ひとつの完成された調味料。否定する気はまったくありません。

でも、です。

「魚醤を作っているつもりが、実は魚の味噌を作っていた」となったら、話が違いますよね。

ナンプラーやいしるのような、あの澄んだ魚の旨味を期待して仕込んだのに、出来上がったのは甘い魚味噌だった──それは、ちょっと悲しい。

「魚醤の作り方」として「7:2:1」が当たり前のように出てくることに、私が「ちょっと待って」と言いたいのは、まさにここなんです。


5. 麹を入れると、何が変わるのか

麹を入れることのメリットとデメリットを、公平に整理します。

メリット

発酵が速くなる(1〜2年が数ヶ月に短縮)
麹由来の甘みと旨味が加わる(まろやかになる)
低塩でも作りやすい(麹が発酵を助けるため)

手軽に、早く、まろやかな発酵調味料が作れる。確かに魅力的です。

デメリット

でも、大きな代償があります。

麹の甘みと香りが、魚本来の旨味を覆い隠してしまうんです。

魚醤の一番の魅力は、魚の旨味がまっすぐに立ち上がることだと、私は思っています。

これまでいろんな魚で魚醤を作ってきて、その個性の違いに何度も驚かされました。

  • スズキは、雑味のないクリアな旨味。料理の邪魔をしない縁の下の力持ち。
  • アジは、力強くてパンチのある旨味。カレーや炒めものにガツンと効く。
  • キビナゴは、甘みを帯びたまろやかな旨味。卵焼きやお吸い物にやさしく寄り添う。

同じ「魚醤」なのに、魚が違うだけで、まるで別の調味料になる。これが魚醤づくりの一番の楽しさです。

3種類の魚醤(クロダイ、マイワシ、花鯛)

3種類の魚醤(左からクロダイ、マイワシ、花鯛)

ところが、ここに麹を入れるとどうなるか。

どの魚で作っても、「麹の甘い発酵調味料」の味が前に出てしまうんです。

スズキのクリアさも、アジの力強さも、キビナゴのまろやかさも、麹の甘い味に上書きされてしまう。

冒頭で「ネットレシピは魚をイワシでもハタハタでもサンマでもいい、と書いている」と紹介しました。実はこれ、麹を入れるなら、どの魚でも仕上がりが似てくるからなんです。麹の味が主役になるので、魚の違いがそこまで重要じゃなくなる。だから「魚は何でもいい」と書ける。

逆に言えば──

「全部の魚醤に麹を入れたら、全部似たような味になる」

これが、私の一番の懸念です。

せっかくスズキとアジで2種類の魚醤を仕込んでも、両方に麹を入れたら、両方とも「麹の味」が主役になってしまう。それでは、わざわざ魚を選び分ける意味が、ほとんどなくなってしまいます。


6. では、麹を入れる「正しい条件」とは

ここまで読むと「じゃあ麹は一切入れるな」と聞こえるかもしれませんが、そうではありません。

麹を入れる明確な理由があるなら、入れていい。

わが家で麹を使うのは、たった1つの条件のときだけです。

硬いコラーゲン質を分解したいとき

魚には、魚自身の酵素では分解しきれない、特別に硬い部位があります。

たとえば、ホウボウの「鳴き袋(浮袋)」。

ホウボウは浮袋を震わせて「グーグー」と鳴く魚なのですが、この鳴き袋が、分厚いコラーゲンの塊でできているんです。

普通に魚醤を仕込むと、身はちゃんと溶けても、この鳴き袋だけは1年経ってもコリコリと溶け残ることがあります。魚自身の酵素では、この密なコラーゲンを分解しきれないんです。

ホウボウの浮袋

ホウボウの浮袋を乾燥させた珍味

こういうときに、初めて麹の出番です。

麹が持つ強力な分解酵素(プロテアーゼ)を、硬い部位を溶かすための助っ人として借りる。

これが、麹を入れる正しい理由です。「発酵を速めたいから」でも「塩を減らしたいから」でもなく、「魚の力だけでは分解できないものを分解するため」

そしてここでも大事なのは、「身全体に麹を入れる」のではなく「硬い部位を狙って使う」こと。

魚の身は、魚自身の酵素で十分に分解できます。麹が必要なのは、あくまで鳴き袋のような硬いコラーゲン質の部位だけ。だから麹の量も少なくて済むし、身の旨味が麹に覆われることもありません。

ホウボウの魚醤(鳴き袋に麹を使う設計)はこちら ※近日公開

こんなとき 麹は 理由
普通の魚の身で魚醤を作る 入れない 魚自身の酵素で十分分解できる
鳴き袋・分厚い皮・軟骨など硬い部位を分解したい 入れる(部位を狙って少量) 魚の酵素では分解しきれない
発酵を早く終わらせたい 入れてもいいが… 魚の個性は薄れる
低塩で作りたい 麹が必要だが… それは「魚の味噌」に近づく

生麹か乾燥麹か、という落とし穴

もし麹を使うなら、もうひとつ知っておいてほしいことがあります。

ネットレシピには「生麹でも乾燥麹でもOK」と、さらりと書いてあることが多い。でも、この2つを同じ量で置き換えると、仕上がりが変わります。

考えてみれば当たり前なんです。

乾燥麹は、生麹から水分を抜いて乾燥させたもの。同じ「100g」でも、乾燥麹のほうが、含まれる水分がずっと少ない

ということは、乾燥麹を生麹と同じ量で使うと、仕込み全体の水分が減ります。水分が減れば、塩分濃度が相対的に上がる。発酵のスピードも、仕上がりの塩加減も変わってしまうんです。

目安としては、生麹100gを乾燥麹に置き換えるなら、乾燥麹70g+水30ml程度。

「生でも乾燥でもOK」と書いてあるレシピは、この水分調整を省いていることがほとんど。同じ感覚で使うと、思った味にならない原因になります。

麹の出来栄え別の使い分けはこちら ※近日公開


7. まずは魚と塩だけで、1本作ってみてほしい

これは魚醤に限らず、わが家の発酵づくり全体に共通する考え方なのですが──

まず、何も足さずに作ってみてほしいんです。

魚と塩だけで、1本。

その魚が本来どんな旨味を持っているのか。塩と時間だけで、どこまでの味になるのか。それを自分の舌で知ってから、初めて「足し算」を考える。

最初から麹を入れてしまうと、その魚の本来の味を一度も知らないまま終わってしまいます。麹の甘い味が、最初から最後まで主役になってしまうから。

引き算を知らないと、足し算の意味がわからない。

魚と塩だけのシンプルな魚醤を一度作れば、「ああ、この魚はこういう旨味なんだ」とわかります。スズキのクリアさ、アジの力強さ、キビナゴのまろやかさ──その違いが、舌に刻まれる。

そのうえで「この硬い部位を分解したい」という明確な目的ができたとき、初めて麹という選択肢が、本当の意味を持ちます。

魚醤に”ちょい足し”する材料とその理由(添加材料ガイド)はこちら


8. まとめ

魚醤と麹の関係、3つのポイント

魚醤は魚と塩だけで作れる

魚は自分自身の酵素でタンパク質を旨味に変える力を持っている。だから味噌と違って麹が要らない。世界の伝統的な魚醤は、塩分20〜30%・1〜2年熟成で、どれも麹なしです。

「7:2:1」の麹入りは、魚醤というより「魚の味噌」

低塩で早く作るために麹の力を借りた設計。塩分も麹の有無も発酵の主役も、すべて魚醤より味噌に近い。麹の甘みが魚の個性を覆ってしまうことは、知っておいてほしい。

麹を入れる正しい条件は「硬い部位を分解したいとき」だけ

鳴き袋や分厚い皮など、魚自身の酵素では分解しきれない部位を狙って使う。身全体に入れる必要はありません。生麹と乾燥麹は水分量が違うので、置き換えるときは水分調整を。

「魚醤の作り方」で「麹2割」と見かけたら、一度だけ立ち止まって、考えてみてください。

「自分は何のために、麹を入れるのか?」

その答えが「硬い部位を分解したいから」なら、どうぞ入れてください。

でも「レシピにそう書いてあったから」「なんとなく発酵食品には麹が要ると思ったから」なら、一度、魚と塩だけで作ってみることをおすすめします。

きっと、その魚が持っている本来の旨味に出会えるはずです。それを知ったうえで麹を使うかどうかを決めるのが、一番納得のいく魚醤づくりだと思います。


「やんわり問題提起」シリーズについて 発酵の世界には「なんとなくそういうもの」として広まっている常識がたくさんあります。このシリーズでは、それを頭ごなしに否定するのではなく、「一度立ち止まって、理由を考えてみませんか?」という提案をしていきます。次回も、発酵づくりで見落とされがちなテーマを取り上げる予定です。

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